サブタイトルは「病理医 岸京一郞の所見」です。患者さんに直接対応するのが臨床医。その裏方で生検(病変組織を顕微鏡などで診る)等を行って病気の診断を専門に行うのが病理医です。この漫画はけして裏方には収まっていない壮望会第一総合病院の魔王な岸先生とその配下の明るくてブラックな職場を描いた物語です。
レビュー&感想
医療系の物語だと医療の闇みたいなものを題材として扱うことは多いですが、そこに真っ正面から切り込んでいます。ただ必ずしも岸先生だけがヒーローとして描かれているのでもなく、毎回味方がいたりするのは良いです。一度やられてから後から味方になって再登場するのも長期連載の良さです。
もちろんダークヒーロー的な岸先生以外にも、切り込み隊長というかほとんど鉄砲玉の役割の宮崎先生や、病理部の守りを固める優秀な検査技師である森井君の活躍も忘れてはいけません。他部門と争うことを躊躇しない我の強い上司を持つと苦労しますよねw
初回は神経内科の新人医師である宮崎先生が、ある診断をきっかけに岸先生と森井君しかいなかった病理部に押し掛け見習いで入ることを決めた話から始まります。そして次の回では、ある細胞のプレパラートを渡されて病理医を目指すなら何の疾患だか当ててみろと指示されます。
宮崎先生は当然経験も無いので、肺の癌であることは分かるものの特徴の似ている二つの鑑別で悩み、徹夜してもわからず翌朝に岸先生にギブアップしますが、答えはそれだけでは診断が付けられないが正解でした。診断は丁半の賭けではないと、鑑別にとことん責任を持てる自信が無いなら「わからない」が答えだと教えられます。
このような診断の限界と合わせ緩和ケア病棟の話も何度か出てきて、現代医療は万能ではないのだということが幾度もなく語られます。さらには全ての医者が有能とは限らないということも当然出てきて、医療漫画ですから人の死は避けられない重いテーマも多く怖い限りです。
ただ同時に医療には未来もあることが語られているのは良いですね。癌も確かに私が子供の頃は本人には告知をしてはいけない死を待つだけの病とされていましたが、今はある程度は戦うこともできる病気になってきています。数十年後の医療技術は現代からみれば魔法のようになっているかもしれません。
もちろん漫画なので、純粋に医療業界の人の視点で視ると不正確な部分も無くはないだろうと思います。これは自分も仕事での専門業界の話とか長い趣味で昔から知っていることだったりすると、漫画のような創作物ではもちろん、ニュースやドキュメンタリーでも、それは違うんじゃないかと感じることありますから同じだと思いますね。
でもこの作品は漫画という範囲で言えば、少なくとも素人レベルでツッコミたくなるような部分はあまり無さそうに上手く描かれていると思います。スーパー優秀なDr.の勘で重篤な病気に気づいたとかだと嘘くさいのですが、岸先生達の診断は(厳密さはともかく)エビデンスを元に論理的な判断の結果として語られるので、話の上での納得度が高いです。
これまで描かれたのは主に以下のようなストーリーです。なお出版元の紹介文で○○編と名が付いているのはそれを用いました。
・ 癌の転移が多すぎて手術をしても望みがない若い男性と森井君の後悔の話 (1巻)
・ 二人目の子供も望んでいたのに大腸全摘出と人工肛門が必要になる若い母親の話(2巻)
・ 製薬業界の闇に切り込み、重要なサブキャラの火箱が活躍するJS1陰謀製薬編(3〜4巻)
・ 他病院での乳児の診断を疑い放射線科医とも協力するセカンドオピニオン外来編(4〜5巻)
・ 各種題材を織り交ぜながら病院の極端な効率化を求めるコンサル窪田との対決(5巻〜8巻)
・ 岸先生が病理医になったきっかけに迫る過去編(9巻)
・ ステージ4の小児癌と闘う少年ハルと過去編に続き岸先生の心の内を描く話(9〜10巻)
・ JS1陰謀製薬編で失脚した間瀬が復活の兆しをみせるステルスマーケティング編(11巻)
・ セカンドオピニオンに来た女性の肝臓癌について専門医の誤診を暴く話(12巻)
・ 経験不足だからと診断を信じてもらえなかった宮崎先生の挫折と成長を描く話(12巻)
・ 腎移植のガイドラインと厚労省からの監査不正を扱う腎移植編(13〜14巻)
・ 遺伝性疾患におけるゲノム解析と新薬開発を扱う未来は始まっている編(15〜16巻)
・ 大手製薬会社の新たな経営方針と火箱が戦い間瀬が暗躍するアミノ製薬編(17巻)
・ 医療事故の申し立てに基づく弁護士との対決を描く医事紛争編(18〜19巻)
・ 患者第一を掲げる若手医師が緩和ケア医を目指すまでのヒーロー見参!編(20〜22巻)
・ JS1の承認が横やりで邪魔されている状況を解決するJS1治験フェーズ3編(23〜25巻)
・ 緩和ケア医となった熱血青年医師の朝加の成長を描く死ぬまで生かす訓練編(26巻〜)
いずれも読み応えのあるストーリーばかりですが、中でも主要なサブキャラとして製薬関係者である自ら動く鉄砲玉の火箱と、岸先生以上にヤバイ人である間瀬が出てくる話はどれも面白いです。読みながらワクワクします。
また医師の側の苦悩、特に信じられないほどの長時間労働についても度々触れられていて、命を救うという仕事の素晴らしさと同時に、そこで働く人々の大変さも垣間見ることが出来ます。
とはいえ話の途中でも時々ブラック職場を揶揄するようにコメディタッチで描かれることも良くあって、それはそれで良いクッションになっていてお気に入りです。宮崎先生のキャラは本当にこの作品の中で貴重かつ重要です。ある意味では彼女が本作の主人公と言えるかもしれません。
22巻でついに宮崎先生が病理専門医試験に合格! 同時に岸先生が慶楼に戻るような話があって、さらに過去の回想シーンも沢山あったので漫画が完結してしまうのかと焦りましたが、まだ続くようで安心しました。
一般人として病気と医療の在り方についてもう少し知ってみたい方に。
ガチ目のお仕事漫画が好きな方なら絶対気に入る作品です。
最新刊
最新刊の26巻では、ヒーロー見参編からの続きとなる新たな道を歩む朝加医師の再登場です。当然ですが若者は壁にぶつかりながらも前に進んで行きます。時には人としての正常な判断が出来ていない状態になりながらもw 今回は病理科の3人は完全に脇役ですが、それでもやはり岸先生の台詞はいちいちカッコイイです。