マーベル作品はいつも息子と視ているのですが、劇場でなくても良いと言われてしまったので配信されるのを待ってました。Disney+で配信しないのはソニーとの共作だからですかね。なのでAmazon Prime Videoでレンタルです。過去のそれぞれのスパイダーマン映画との繋がりもよく出来ていて、エンタメ映画としてとても面白かったです。
ただ作品としてはわざとでしょうが、ピーター・パーカーがヒーローと子供という2つの顔を持っていることが問題の本質であるというのは全般的に同意です。ピーターの選択がその後の大トラブルを引き起こすわけですから。そこでその選択をしてしまうの?と言いたくなってしまいます。
マルチバースが繋がる
世界中の人にスパイダーマンの正体が知られてしまったのを取り消すために、ピーターがアベンジャーズとして一緒に戦ったドクター・ストレンジに変なお願いをしてしまい、マルチバースが繋がってしまいます。
予告編では沢山出ていたストレンジとの絡みは、意外とこの前半で終わっていましたね。確かに終わってみれば、これはスパイダーマンの映画なので、それで良かったのですが。ストレンジはあくまでもコミカルなおじさん役で、子供に寛容になれない頭の固いおっさん感が上手く出ていました。
高架道路上でのドクターオクトパスとの戦いのシーンは結構見物です。最初見た時は流して見てしまいましたが、再視聴してみるとかなり動きが良いです。腕を乗っ取る時も「検出」とか「ペアリング」とか出てくるのもBluetoothみたいで分かり易くて面白いですね。よく見ると高架の外でオクトパスがアームで支えられて浮かんでいる時には足が上手い具合に映されていないので、実際の撮影時は普通に立っていたのでしょうか。
副学長の後ろで左右に振り回されるシーンは、サラウンドでスパイダーマンの台詞が後ろから聞こえます。シーンの設定としては妥当なものの、自分がいきなり副学長の視点にもなれずちょっと違和感の方が大きかったです。でも配信は5.1なのに結構上からも音があった気がして良い感じでした。冒頭のヘリが多いシーンとか。AVアンプが上手くやってくれたのかな。
追加でグリーンゴブリンがやって来てスパイダーマンが警戒のために再度スーツを身につける時には、ナノマシンが足りなくて、ちゃんと胸の部分が抜けているのは芸が細かいです。
呼ばれたネッドとMJは普通にドアからやってきたけど、ここではくるくる(勝手に命名。使う指輪はスリング・リングと呼ぶらしいです)は使わないんですかね。実は歩いた方が早いとか魔力消費が少ないとか? オズボーンが正気になってメイおばさんの所に来るのは、二重人格を表現する良いカットでした。
最初は、魔法を封じた箱が突然出てきたのがいまいち分かりませんでしたが。ストレンジが方法を探すといっていたので、それを見つけた結果ということですね。
逃げ出すヴィラン達
ピーターがヴィラン達が死んでしまうから直ぐには戻さない選択をするのは、最初に述べたとおり、やはり安っぽい子供の感情の現れな感じがして違和感が大きいです。私も頭の固いおっさんだからでしょうか。後でゴブリンが言っていた道徳病というのはまさにそうですね。
何個ものくるくるでスパイダーマンが捕まってしまうのは面白い表現ですね。幽体離脱は直ぐに終わったので『アベンジャーズ・エンドゲーム』でエンシェント・ワンにハルクがやられたネタを出したというだけですが、これはこれで良いでしょう。また、ミラーディメンションは映像的には凄いのですが、ストレンジとスパイダーマンの小競り合いの舞台に使われるだけだったとは。
アベンジャーズ/エンドゲーム(字幕版)
結局はヴィラン達に裏切られるのはもう予想通りの展開で、一人だけ直し終わってしまったオクトパスが最後には味方になるのも、この時点でもう見えちゃいましたかね。オクトパスのチップはファブリケータの機能なので正常動作するは納得ですが、後で作ることになるスパイダーマン達が手作りするデバイスはちょっと無理がある気がしました。
メイおばさんは、グリーンゴブリンのグライダーの最初のアタックで即死だと思いましたよ。えっ、生きてんの!と思ったし、後で再確認した映像でも死ぬ直前に歩いている時に服からは血が出ているようには見えないです。ハッピーがここで出てくる意味もちょっとわからないかな。
ヒーロー登場
ヴィラン達は予告編に散々あったのでともかく、別世界のスパイダーマン達が登場するのをすっかり忘れてました。そういえばネタバレで一度見た記憶もあったけど忘れていたので、予想外を楽しめたので良かったです。記憶力が悪いのも時には役に立ちます。しかし、彼らはここが自分の世界では無いとどうして分かったのでしょう。
再視聴で確認すると、スパイダーマン2号(トビー・マグワイヤ)が出てきた方のくるくるは直ぐ消えてました。ネッドは消し方が分からないといっていましたが、この後での戦いの時に二つ存在していると面倒だから消しておいたのでしょう。実は一定時間で消えるのと消すまで永続のスペルの使い分けがあるってことで。
二人のスパイダーマンの「ヒーローは謎の存在」の被りはお約束だとしてもいいです! それにしても、MJとか他のスパイダーマン達はメイが死んだことをどうやって知ったのでしょう。ニュースでは一人死亡としか言ってなさそうな。聞き取れないけど原語ではいっているのかな。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」は決め台詞としては良いのですが、やっぱり責任が伴うのだからちゃんと選択してよと思わなくはなく。まぁベンおじさんやメイおばさんの取り返しの付かない事態を糧にするピーターの成長物語と捉えるしかないでしょうか。
それぞれのピーターの恋人との関係が三人三様なのを語らせるのは面白い対比でした。糸を体から出せるのは1号だけだったとか、2号が3号(アンドリュー・ガーフィールド)に「君はアメージングだ」と言うネタも良いです。過去作が都合良く無かったことになるのとは異なり、マルチバースなんだから3作共に実際にある世界の話だったと説明出来てしまっているのは上手いです。
メインキャストを助けるために同じ力を持つ2人がやってきてというのは、仮面ライダー1号、2号、 V3の組み合わせを思い出してしまうのは歳がばれますが、今回は主役が1号でした。
他の世界にはアベンジャーズがいないんですね。宇宙でも地球にだけスーパーヒーローがひしめいてしているから、それを探しにやってきたというような偏りを揶揄した設定があった漫画は『マップス』だったような。
自由の女神の盾はキャプテンのものに似ていますが、どこの話で付けることになったんでしたっけ?
チームとして戦う
3人揃っての戦闘シーンはカッコイイけど、見ていても動きが早くて誰が誰だか区別がつかないです。でも三人それぞれが自分の糸で飛んでから、二人が一度空中でフリーになって、残った一人(たぶん1号のホランド)がその二人を糸で捕まえてまた飛ばすシーンは最高にカッコイイですよ! 着地ポーズはそれぞれの決めポーズなんでしょうか。
デバイスを飛びながらパスするのも、速い跳躍感のあるスパイダーマンならではですし、なんとなくエンドゲームの雰囲気もありますのでかっこいいです。装置の作動時に自由の女神の頭の中が光るのも、分かりやすい演出ですね。
MJとネッドが部屋に残ってすっかりボケているところにトカゲが突っ込むのもまたよし。ストレンジがやっと帰って来て、ネッドに「君が開いたのか?」と聞いてからストレンジがうなずくシーンは何かあるのかなと思いましたが、後からマントがネッドを助けるところを示唆していただけでしょうか。
エレクトロが正常に戻ってからのブラックスパイダーマンもどこかにいるさは、昔と今の価値観の違いに基づくものではあるのですが、そうあるべきだと語っている感じが良いなと思いました。
スパイダーマン:スパイダーバース (字幕版)
オットーとスパイダーマンが相対しての「大人になったな、元気か」の言葉に対して「努力してます」で返すのは、そういう台詞があったかなと『スパイダーマン2』のシーンを再確認してみました。たぶんオットーが最初の正常な時に初めてピーターに会った時と、最後に自分を取り戻した時に繰り返して言った「優秀だが怠け者(と聞いている)」の台詞に引っかけていて、今は怠けてはいませんという返しなんですかね。後から気づいてもレンタル期間は終わってしまったので原語が確認できずです。
スパイダーマン2
しかしストレンジもグランドキャニオンで12時間も何してたんでしょ。早く帰ってくれば、もっと大事になる前に片付いたのにとか言ったら映画になりませんが。箱の爆発前に3人のスパイダーマンの顔が個々にズームアップで映るのもわかりやすい表現その2ですね。
スパイダーマン3号(アメージング)がMJを助けるシーンは、泣くのを我慢してそうなスパイダーマンの感情表現がとても良いです。これも『アメージング・スパイダーマン2』を視聴し直してみると、グウェンが落ちたのはビルの外側では無く時計塔の中で、ギリギリで助かっても良さそうなタイミングでしたね。日本の作品であったら助かっていたシーンでしょう。サイスーツを着たロシア人もここにいました。
アメイジング・スパイダーマン2
助けられる前のシーンと見比べてみると、MJの顔の傷はこの落下時に付いたようです。
ホランドがグライダーで刺そうとするのも『スパイダーマン』でグリーンゴブリンがそれで倒れたからと思いますが「前にも指されたよ」は再確認しても見つかりませんでした。ネット記事によると『スパイダーマン3』でハリー・オズボーンに刺されるシーンがあって、それを指しているらしいです。
スパイダーマン (字幕版)
しかし、あらためて『スパイダーマン』を再視聴したらMJはほんとに何度も落ちてますね。こちらではその度に助けられていますけど。
解決策
なんとかマルチバースとの繋がりを絶とうとするストレンジですが苦戦します。この時に空に割れた隙間からは他のヴィランが見えるそうですが、最初に見た時は今ひとつ分からなかったです。視直したら影っぽい描写でありました。初見の時は雲の模様の一部にしか見えなかったかな。
ピーターは全員に自分を忘れさせるなら出来るのではとストレンジに提案し、ストレンジはそうしようとしますが、全員がという条件でメイおばさんが既にいないのも都合が良かったようです。今回は誰も除外出来ないというのが、最初にしくったからこその今回はなのですね。除外する人がいないから輪が一つだけという表現でしょうか。
しかし、ピーターの存在を忘れたからヴィランがこちらの世界に来なくなるってのもいまいち論理的では無いような。ヴィランの意思とマルチバースの接続には関係がある? そうだとしてもスパイダーマンとその正体であるピーター・パーカーの関係はどうでもいいような。
またヴィラン達やスパイダーマンズ(2号&3号)も、ある特定の世界における異なる時間軸から呼ばれているので、そこも少し整合はしないのですが、エンタメ映画なんだから気にしてはいけないと思いつつ、妥当な説明を求めてしまう自分がいます。
最後のお別れシーンが少し長いのは気になりましたが、スパイダーマンの「思い出してもらう」とか、MJの私が見つけるとかは完全にフラグですね。元の世界に変えるスパイダーマンズの同じピーター・パーカーなのだから言わなくても分かっているという表現はとても良かったです。
エピローグ
ピーターの存在を忘れたネッドとMJに会いにくいシーン、”I’m Peter Parker.”の決め台詞をここに持ってくるのはいいです。期待しなければ失望しないという台詞も上手く使ってます。何か言いかけてMJの額の傷を見てやっぱりやめるというのが、自分が一緒にいてはいけないという表現で、さらにメモをポケットしまうところまでちゃんとカットにあるのはいいなぁと思いました。
高卒認定テストの本は何の意味なんでしょう。最初に助けた副校長もピーターがスパイダーマンであることを忘れたので、それが前提条件になっていたMIT入学の復活はダメという意味? どちらかというと問題が消えたのであれば頭の良さだけでも入学できそうですが。それともそっちの生き方は捨てたんだよという表現でしょうか。
ピーターが窓から出て行く時にカップの”WE ARE HAPPY TO SERVE YOU”にピントが当たるのも良いです。スタークの力が既に無いので自分でミシンでユニフォームを縫っていることを表現したカットといわれていますが、ただのコーヒーショップの何気ない宣伝文句を上手く使っているような気がしたのは自分だけでしょうか。
最後に出てくるクリスマスツリーはDisney+でドラマとして配信していた『ホークアイ』の最終話と同じセットですよね。見比べましたが周りの建物や構造物とか同じでしたので。この後で倒されてしまうことになりますね。
ミッドクレジットで、またこっちの世界にだけアベンジャーズがいるのかという話が出てますが、紫の宇宙人の存在は一般人も知っているのでしょうか。ミュージカルのおかげ?
まとめ
面白かったです。過去作との繋がりも綺麗でしたし、とても楽しめました。ストレンジの扱いがあぁだったのかはという思いはありますが、それは私が予告にしてやられたということでしょう。別作品として分かっている不整合をあえて別世界だから違っているねと、それぞれのスパイダーマンに語らせてしまうのは、視ている側の共感と納得感を得るのに良かったと思います。過去のスパイダーマンの作品を全部知っているとより楽しめそうですが、記憶も怪しいので私のように後から過去作を確認するのでも十分楽しめますよ。このために配信で過去作が直ぐに視られるようになっているのは良い時代です。Prime Videoは便利ですね。
しかし、スタークと別れ、メイおばさんと別れ、友人達とも別れてと、あらためて今のピーターの立場を考えるとちょっとせつない感じもしてきます。次があれば楽しい話でありますように。